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仕事が一段落(いちだんらく)したときに、「このへんで一服しよう」と言った場合、「一服」とは何を意味しているのだろうか。 煙草を喫(の)む人にとっては、間違いなくそれは「煙草を喫むこと」であり、煙草を喫まない人にとっては「お茶を飲むこと」をいうのであろう。 尤も、「一服する」には、ちょっとの間休むという意味もあるから、「一服しよう」とは言っても、別になにも飲まない、ということも考えられるが……。 「やれやれ、一服するか」と、マッチかライターを擦って口にくわえた紙巻煙草に火をつけ、一息吸い込んで、ふうーっと吐き出す最初の一息は、傍(はた)から見ていても、煙草喫みには何物にも換えがたい至福の一服であるように思われる。 最近は健康上の理由から禁煙が推奨されており、喫煙する人の数も減ってきているので、一服するときに、しぶしぶ(?)お茶を飲んでいる男たちが多いのではあるまいか。 確かに、一服するときに煙草を喫むことは、特に身体を動かす仕事をしている人たちや神経を使う仕事をしている人たちにとって、大いにリラックスできる効果があると思われるが、それに代わるいいものが見つかったであろうか。若い人たちはそういうときに、お茶の代わりに缶コーヒーや缶ジュースを飲むのであろうか。 ところで、煙草はいつごろわが国に伝わったのであろうか。 手元の平凡社『国民百科事典』には、煙草は「日本には天文12年(1543年)、ポルトガル人によって種子島へ鉄砲とともに伝えられたというが確証はない」とある。その後、「文禄・慶長の役(1592〜98)のとき喫煙は日本から朝鮮に伝えられ、また従軍兵士が帰国後それを全国に広めた」という。そして「慶長年間(1596〜1615)にはすでに各地で女性や子供がタバコをふかす姿がみられ、長崎ではタバコが栽培されていた」そうである。 つまり、日本では室町時代の終わりごろから南北朝時代にかけて、喫煙の習慣が一般化し、最初は男性だけでなく女性や子どもまでが煙草を吸っていた、ということのようである。煙草の歴史(喫煙の歴史)は、調べてみるとなかなか面白そうである。国学者・本居宣長がたいへんな愛煙家だった、ということを何かで読んだことがある。 私は、若いころに一時期煙草をふかすくらいのことはしたことがあるが、それほど頻繁に吸ったことはないのであるが、考えてみると、煙草が健康に有害であるということは、ちょっと残念な気がしないでもない。 そうは言っても、ゆったりした気分で紫煙をくゆらすということが普通に行われていた時代には、喫煙がこれほど健康に有害であるということが分かっていなかったのであるから、それはそれでよかったのであろうが、現代においては喫煙の害がはっきり分かっているので、喫煙は止めるべきであることは、言うまでもないことであろう。 参考: 一服(いっぷく)=(1)薬・茶・煙草などを一回のむこと。〈文明節用集〉。 「食後の─」 (2)転じて、ちょっとの間やすむこと。ひとやすみ。「切り のよいところで─する」 (3)一回分の粉薬を一包にしたもの。特に、 毒薬一包。「─盛る」 (『広辞苑』第6版による。) |
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