東日本大震災から4年がたった

未曾有の災害をもたらした東日本大震災から4年がたって、3月11日には各地で追悼の祈りが捧げられた。

東日本大震災では、津波の恐ろしさを改めて思い知らされた。それまで津波は、大きな波が次々にザブンザブンと襲いかかって来るものと考えていたが、そうではなかった。盛り上がった海が、ある高さを保ったまま、じわりじわりと押し寄せて来るのであった。しかもその大量の海水が、次々にすべてのものを破壊して押し流すのである。無言のまま、静かに、しかも物凄いエネルギーで車や家やその他もろもろのものを押し流す姿は、不気味というか何というか、自然の脅威をまざまざと見せつけられる思いであった。

地震の被害だけでも大変であるが、これに原発の事故による放射能の被害が加わって、これがまた今後数十年にわたって影響を受け続けるというのだから、穏やかでない。福島県の風評被害だけでなく、近隣の県の農産物、海産物にまで、4年経ったいまでも風評被害が残っている。農作物ばかりでなく、野山のわらびやぜんまいなどの山菜も、果たして食べても大丈夫なのかと躊躇する有様である。

地下水が汚染されて大量にたまって、その処理に困難をきたしているうえに、汚染された水が知らないうちに海へ流れ出ていたということが、判明したりしている。

福島の原発が事故を起こす前までは、原子力発電所は絶対に安全だ、というキャンペーンが声高に繰り返されていたが、今や原発の事故は想定内のものとなってしまった。もし事故が起きた時は、半径30キロ以内の住民は避難しなければならない、ということになって、該当する自治体は、そのための避難計画を立てなければならないそうである。場所によっては、それこそ大混乱を「想定」しなければならないであろう。「私は避難しないよ」と言ってがんばっても、強制的に避難させられてしまうのであろうか。

わが国は地震国である。狭い日本で、地震によって原発が事故を起こす危険が想定されるにもかかわらず、なお原発に頼ろうとする人々がいまだにいるのは、どうしてであろうか。やはり人間は、自分が実際にその場に身を置いてみなければ、実感できないものなのであろう。汚染が除去されたので戻っていいですよ、と言われても、一度避難しなければならないほどに汚染された場所に、放射能を除去したからといって、子どもを連れて戻る気になれないのではないだろうかと思う。

いまだに避難生活を強いられている多くの人たちが、一刻も早く、落ち着いた生活に戻られることを願ってやまない。






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