「受彰」という言葉

賞を受けることを「受賞」といい、勲章を受けることを「受章」といいます。 ところで、表彰されることを何というのでしょうか。「受彰」といいたいところですが、辞書には出ていないようです。 最新の『広辞苑』の第7版を見ても、出ていません。 文化庁やスポーツ庁、文部科学省、厚生労働省ではどう表記しているか、それぞれのホームぺージを見…
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口ずさむメロディーは……

普段、何気なく口ずさむメロディーは、人それぞれであろうと思う。 私の場合、それは何かというと、どこかもの悲しく、寂しいメロディーである。明るく、楽し気なメロディーを口にしようと思っても、なかなか出て来ない。 無理に思い出そうとすると、出て来るのはモーツァルト作曲の「五月の歌」、イタリア歌謡の「フニクリフニクラ」、滝廉太郎作曲の「…
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「蓋棺事定」の出典(3)

ところで、 1.わが国で誰が(どの本が)最初に「蓋棺事定」の出典を『晋書』としたのだろうか。 2.その人(本)は、どの資料を見てそう判断したのだろうか。 わが国で初めに『晋書』を出典として挙げたのは誰(どの本)なのかについて、それらしい古い漢和辞典を見てみると、今のところ、次のものが比較的古そうである。  『漢文故事…
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「蓋棺事定」の出典(2)

実はこの言葉は、読売新聞編集委員の芥川喜好氏が、先日の新聞(平成28年12月24日付)に、スペイン在住の画家でマドリードの病院で亡くなった堀越千秋という画家のことを書いておられ、その文章の中に、「棺を蓋(おお)いて事定まると昔の詩人は言いました」とあったので、それを読んで、「棺を蓋いて事定まる」という言葉が、何にどういう形で出ている…
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「蓋棺事定」の出典(1)

「蓋棺事定(棺を蓋(おお)いて事定まる)」という言葉がある。 「死んでこの世を去った後、初めてその人の生前の業績や性行の真価が定まる。「人事は棺を蓋いて定まる」とも」(『広辞苑』)という意味である。 ところで、この言葉の出典であるが、「晋書・劉毅伝」としているものが殆んどである。例えば、  『増補 字源』(大正12年初版、昭和…
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稀勢の里、賜杯を抱く

今年平成29年の初場所で、大関稀勢の里がやっと初優勝を成しとげ、第72代横綱に昇進することが確実になった。 新入幕から73場所かけての横綱昇進は、年6場所制となった1958年以降の入幕力士では最も遲いという。初優勝は14日目に決まっていたが、千秋楽で白鵬を破って横綱昇進を確実なものとしたと言える。千秋楽の賜杯拝戴で、稀勢の里は念願…
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「過訪」という訪問の仕方

江戸時代の無名の漢詩人・野内浮石という人の詩を見ていたら、詩の題に「小口森君見過訪」(小口の森君、過訪せらる)とあるのが目にとまった。 「過訪」とは何のことだろうと辞書を引いてみたら、どういうわけか手元の漢和辞典には出ていないで、『広辞苑』に、「通りすがりに人の家を訪問すること」と出ていた。 「通りかかったものだから、ちょっと寄…
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放送における試合結果の伝達方法について

スポーツ試合の結果を伝えるのに、NHKのラジオでは、以前は、必ず数字の多いほうを先にして、6対3、5対2などと放送していた。 例えば、野球の試合結果を伝えるのに、日本はどうだったかを伝える場合、 「日本対アメリカは、日本が6対3で勝ちました」 「日本対アメリカは、日本が4対2で敗れました」 という具合にである。 問題は、「日本…
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カッシーノという街

もう随分前のことになるが、イタリアのカッシーノという街に数日間泊まったことがある。 この街は、ベネディクト修道会を始めたベネディクトゥス(480年頃~547頃)がヨーロッパにおける最初の修道院として建てたモンテ・カッシーノ修道院があることで知られている。 また、第二次世界大戦当時、ドイツ軍が守備していたカッシーノの街が連合軍の攻…
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「聖路加」の読み方

日野原重明先生が名誉院長を務めておられることで知られる聖路加国際病院は、正しくは「セイルカ」国際病院だが、これを「セイロカ」国際病院と言う人がいる。 少し前のことだが、NHKのニュースでもある時「セイロカ」と読んでいたので、一般には「セイロカ」と言われていても、放送では正しく「セイルカ」と読むべきではないか、と言い送ったことがある。今…
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番組の途中の交通情報

今朝は久しぶりにNHK第一放送の「ラジオ文芸館」を聞いた。 竹西寛子の「五十鈴川の鴨」を、中條誠子アナウンサーが朗読していた。 番組の終わり近く、女客が主人公の男にしみじみと話をしている途中に、突然、交通情報が割り込んだ。そのため、折角の話がだいなしになってしまった。 交通情報が終わって元の放送が再開されても、一部が途切れたま…
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家バエや、ノミや蚊のこと

昨日の朝、居間のテーブルの上に、7~8ミリほどの小型のハエ(蠅)がとまっていた。 ここ何年か見かけたことがなかったので、ハエに似た虫かと思って、虫眼鏡を取り出して見てみたら、間違いなく背中が小豆色の家バエであった。そういえば、ハエには随分長いこと会っていなかったなあと思い返した。 一般の家庭からノミ(蚤)やハエ(蠅)が姿を消して…
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「いい人ね」「いい人はいいね」

自分の性格が孤児根性によって歪んでいると反省を重ね、その息苦しさに堪えきれずに一人伊豆の旅に出て来た旧制高校生が、旅の途中、当時は世間から蔑まれていた存在であった旅芸人の一行と道連れになって、踊り子たちと伊豆の街道を歩く。踊り子たちの一行は、若い男と、その女房とその母親、男の妹の踊り子、それに雇いの娘の5人だった。 秋の下田街道に出た…
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自然は意志を持っているか

九州で地震の被害が深刻である。今までの地震とは様相を異にした、本震のあとは余震が次第に収まっていくという形の地震ではない、なかなか終息しようとしない地震である。 自然は悪意を持って活動を行っているのかと言えば、当然そういうことはない。自然は自然のままに、ただ動きたいように動いているだけのことである。人間が陸地の上に生活の場を得てい…
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シマホロギク

小学生のころの思い出に残っている植物に、シマホロギクがある。 昭和20年の初め、というと太平洋戦争が終わりを告げる年の初めということだが、沖縄から陸軍野戦病院の部隊が、当時父が校長をしていた台湾新竹州の田舎にあった島民のための公学校──当時は日本の小学校と同じく国民学校と言っていたが──に移駐して来たことがあった。 部隊は終…
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憲法は核兵器使用を禁止していない?

新聞報道によれば、平成28年3月18日の参議院予算委員会で、民主党の白真勲氏から、核兵器の使用が憲法に違反するかどうかを問われた内閣法制局長官横畠裕介氏は、「武器の使用はわが国を防衛するための必要最小限度のものに限られるが、憲法上あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えていない」と答えたそうである。 横畠裕介氏がどうい…
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国民歌謡「白百合」

子どものころ覚えていた歌に、「白百合」という国民歌謡がある。 その「白百合」という国民歌謡が放送されたのは昭和13年の11月21日というから、4歳のときのことだ。その年の3月に、私は父の勤めの関係で一家で台湾に来ていた。 覚えていたとは言っても、覚えていたのはそのメロディーで、歌詞は1番だけを次のように覚えていたに過ぎない。 …
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下級審の裁判官の判断

認知症の老人が徘徊して駅構内に入り列車にはねられた事故をめぐってJR東海が家族に損害賠償を求めた裁判で、平成28年3月1日、最高裁が1、2審の賠償命令を破棄しJR東海の請求を棄却した。 最高裁の判断によれば、1、2審の二人の裁判官は適切な判断を下していなかったことになる。なぜ、二人の裁判官は最高裁が否定した、家族に対する損害賠償を命じ…
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火打石で火を起こす

燐寸(マッチ)のことを書きましたので、ここで火打石(燧石・ひうちいし)で火を起こすことについても触れておきたいと思います。 燧袋(ひうちぶくろ) 手許に燧袋(ひうちぶくろ)がありますが、これには火打石と火打金(ひうちがね)〔或いは火打鎌(ひうちがま)とも〕と火口(ほくち)が入っています。 火口は真っ黒い綿のようなもので、火花が…
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燐寸(マッチ)

朝、仏壇にお線香を上げるたびに、燐寸(マッチ)というものの便利さを感じています。燐寸(マッチ)という発火道具が発明されるまでは、人々はどんなにか火を起こすことに苦労したことでしょう。 明治の初めごろまでは火打石を使って火を起こしていたのでしょうが、毎朝火打石で火を起こすのは大変ですから、各家庭では一旦起こした火を炭火として火鉢など…
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